今日はチビが天国に旅立ってから15日目
ここしばらく気持ちが落ちついていたのですが、今日は、メチャクチャ悔しい気持ちがでてきました。
本当だったら、チビを救えたはず!
まだ10歳で亡くなるなんてことはなかったはず!
こんな想いが、心のなかでグルグル回っています。
後悔ですね。
これまで読んだペットロスの本で、後悔するよりも、これまで過ごした楽しい日々に目を向けて感謝しましょうといったことが書かれていました。
私自身、そうだよな、後悔するよりも感謝したほうがいいよなと思って、今日まで過ごしてきたのですが、自分のなかで納得していないことがあったようです。
そんな簡単に割り切れないということですね。
このブログは、自分の気持ちを正直に表現するコンセプトなので、今日は自分の後悔について徹底的に書きます。
気づかなかった2ヶ月間
チビがかかった病気はIBD、慢性の腸炎です。
今振り返ってみると、症状らしきものがでたのは2月末。
何かを拾い食いしたその日の夜、吐いてしまい、翌朝、下痢になりました。
ただ、これぐらいの下痢だったら、すぐに治るだろうと、その日絶食をしたのですが、なおらず病院に連れていきました。
診察の結果、ほかに気になる症状はなかったので、抗生剤をもらって、1週間ほど様子をみることにしました。
それでも下痢が治らなかったので、本来なら、ここで詳細な検査となるはずでした。
ただ、ここがまず、後悔の第一ポイント。
ちょうどこの時期に、フランスはコロナ対策で外出制限を実施。
動物病院も対象になり、生命に危険があるとみなされる症状でなければ、来院するのは控えるようにという通知がありました。
それで動物病院とメールで連絡をとった結果、別の下痢止めを薬局で購入して、試しに使ってみることになりました。
(フランスでは、動物用の医薬品でも薬局で買えるものが多いです。もしくは人間用の医薬品を動物に使います。)
その結果なのですが、薬が効いて、下痢がなおりました。
今から振り返ってみて、この時点でチビがIBDになっていたら、これはあくまでも表面的な改善でしかなかったのですが・・・
でも、見た目は普通。下痢以外に気になる症状もなかったので、本当に治ったのかなと軽くみてました。
これが3月中旬から4月はじめの出来事です。
その後、4月中旬頃、ふたたび下痢が始まり、これはおかしいということで、もう一度検査することになりました。
ここで第二の後悔ポイントがあります。
まず触診をして、腸に痛みがあることはわかりました。
その後、血液検査をするということで、採血することになったのですが、チビは注射が大嫌い。
この時は、元気いっぱいなので暴れて、二本分採血するはずが、一本しかできませんでした。
それで、検査する項目が減ることになったのですが、それがなければ、この時点でIBDになっていることが分かったのではと、今でも思っています。
今となってはわからないのですが・・・
ちなみに、その血液検査の結果も良好。ただ、IBDを判断する目安となるアルブミンやタンパク質、白血球に関連する項目は入っていませんでした。
その後、腹部エコーを実施して、腸の動きが悪く、これが原因ではということになり、そのための治療を行うことなりました。
いくつか薬をもらったのですが、それをチビに飲ませた結果、すぐに下痢がなおりました。
これも結論からいえば、表面的なものだったと思いますが、その時は気づきませんでした。
そんなこんなで時間が過ぎ、運命の日がきます。
いきなり食べられなくなった、あの日
普通に過ごしていたチビが、あるとき、急に何も食べられなくなりました。
その日の昼間までは、普通に食べていたのですが・・・
忘れもしない5月2日です。
次の日も回復しなかったので、4日に再診察、急性膵炎と診断されました。
日本だと、ここですぐ入院となるケースが多いようですが、フランスでは服薬で対処するのが基本らしく、その日は帰宅。
でも、その後、2日たっても、食欲が回復しないので、総合病院で検査することになりました。
その結果、判明したのがIBD。
12日に内視鏡を行い、リンパ球形質細胞性胃腸炎と確定診断。
(IBDの主要因の一つであるリンパ腫ではありませんでした。)
その後、ステロイドや免疫抑制剤を使って治療しましたが、全く効き目なし。
抗がん剤も投与しましたが、それもあまり効かず。
日本から漢方も取り寄せて飲ませましたが、今から思えば、全てが手遅れだったのだと思います。
6月15日に亡くなりました。
食欲がなくなってから、わずか6週間ですが、結局、この6週間、チビの食欲が戻ることは一度もありませんでした。
流動食で栄養をとっていましたが、それもだんだん食べられなくなり(食べると、すぐ嘔吐するようになり)、最後は8キロ近くあった体重が4.5キロまで落ちてしまいました。
医師からも言われましたが、亡くなる直前には、歯茎が真っ白だったので、栄養失調で貧血を起こしてしまったのではと思います。
苦しまず、眠るように逝ったことだけが救いですが、そんなことは、この悔しさの前では、何にもなりません。
食欲があるうちに気がついていれば・・・
遅くても4月中にIBDだと分かっていれば、何とかなったのでは。
私の頭から離れないのは、その思いだけです。
まだ元気だったうちであれば、薬も効いただろうし、その前に、食事療法だけでも何とかなったのではという気もします。
もちろん、それは分からず、これだけ急激に病気が進行したことを考えると、早めに気づいてもダメだったのかもしれません。
でも、こんな記録があります。
チビの体重の記録です。これをみても、3月から何かあったのがわかりますが、5月になるまでは、緩やかな減少で、まだどうにかなったような気がします。
なぜ、ここで気づけなかったのか?
早い段階で、精密検査をしてもらっていれば?
この後悔はなくならないです。
フランスにこなければ
もう一つ、大きな後悔はフランスにいたことです。
私達夫婦がパリに引っ越したのは、去年の秋。妻の赴任に伴い、3年の予定できました。
でも、私達は英語は話せるけど、フランス語は全くダメ。
英語ができる獣医師さんをみつけて、お世話になっていたのですが、それでも、言葉のギャップ、文化の違いからくるコミュニケーションの難しさがあり、これもチビの死につながってしまったのではという想いがあります。
また、獣医師さんからは、『たいしたことないから大丈夫』と言われて、トリマーさんやペットシッターさんからも同じようなことを言われていたのでフランスだと、下痢ってあまり珍しくないのか・・・ぐらいに思っていたのですが、それも間違いだったかなと。
結局、勝手を知らない国にきたことで、自分達の対応が遅れてしまったのかもしれません。
もっと根本的な話をすれば、連れてくるべきではなかったんじゃないか。
私は、自営でネットがつながれば場所を選ばずに働ける仕事をしているので、日本にいようが、フランスにこようがどちらでも構いません。
でも、ヨーロッパに住むせっかくのチャンスだからということで、妻についていったわけですが、もし、チビと日本に残っていれば・・・
日本でお世話になっていた病院は、小さな症状を見逃さないところだったので、初期の段階で対応できていた気がします。
また、その病院は東洋医学や先進医療もカバーしていたので、フランスでは受けさせられなかった医療もできたのではと思います。
自分でIBDのことを調べて、先進医療の幹細胞療法が効くことがあるということで、フランスで、その療法の第一人者と呼ばれる人にも相談したのですが、あまり期待できないと言われました。幹細胞療法といっても、日本とフランスでは、また別系統のもののようです。
どれだけ効果があるのかは分かりませんが、ネットで調べる限り、この分野については、日本のほうが進んでいる気がします。検索に引っかかる文献や動物病院の量が桁違いに日本のほうが多いです。
英語で検索したら、アメリカのサイトが片っ端から引っかかってきたので、アメリカがトップランナーで、次が日本かなという感じです。
この『フランスにこなければ』は、私よりも妻のほうが後悔の念が強く、一生忘れられないと言っています。
ただ、チビは年齢こそ少し高めですが、日本では病気知らず、フランスに来る直前で行った健康診断でも、全て正常値。
(肝臓の数値だけが、やや高めでしたが、取り立てて問題のないレベル。)
ちょっとでも異常があれば、取り止めるつもりだったのですが、問題なかったので、安心して連れてきてしまいました。
当時に戻っても、日本に残るという選択はできなかったと思いますが、フランスにきてから、1年も経たないうちに病気で逝ったとなると、やっぱり堪えます。 健康優良児だっただけになおさらです。
悔しがって何が悪い!
ここまで、1時間ぐらいかけて、悔しさを書き続けてきたのですが、今はだいぶ気持ちが落ちつきました。
今日は、朝起きた時から、ドンヨリした気持ちで、心に穴が空いていた状態だったので、想いを外に出すことで、少し気持ちが楽になりました。
それで、冷静になって考えると、やっぱりしょうがないんですよね。
判断ミスは幾つもありましたが、その時点では、これがベストと思う選択肢をしてきました。
今の結果を知らないまま、その時に戻ったとしても、やっぱり同じ選択をしたはずです。
だから、どうにもならないんですよね。
だから、前を向いていこうという話になり、そうやって、この2週間過ごしてきたのですが、最初の話に戻るように、そう簡単には割り切れないと・・・
結局、これからも、こんなふうに心が揺れ動くのだと思います。
なにせ、本当に大切な存在だったのですから。
犬は寿命が短いとはいっても、あと数年は先の話だろうなと、確信していましたから。
再来年、日本に戻って、『オマエは海外にも住んだことがあるだよな。そんな柴犬、なかなかいないぞ』みたいな感じで、老犬になったチビと夕日でもみながら、毎日思い出話をする。
そして、数年後に最後を看取る。
こんなイメージを持っていました。
たとえ、何歳で死んでも、死因が老衰であったとしても、やっぱり悲しかったのだと思いますが、でも、もう少し一緒にいたかったです。
その夢は叶わなくなりました。
寂しい現実が残りましたが、でも、それを受け入れて、チビとの楽しい思い出を胸に入れて、前に進んでいく。
それがチビへの最大の供養にもなると思うので、そうするつもりですが、でも、悔しいものは悔しい。
心がぶれまくっていますが、これが人間だと思い、悔しくなった時には、また素直に悔しがります。
おかげさまで、今はだいぶ気持ちがスッキリしたので、また明るく生きていきます。